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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

老師と一弟子

と、平静を努めていった。

「そうか」

と、越前守は、うなずいた。

義平太はつづいて、越前守と対坐している客へ向って、無言で一礼した。

「…………」

客も黙って、頭を下げた。

客は、粗末な法衣に、枯木のような身をつつんだ老僧であった。義平太には、見覚えもなかったが、越前守の室で、このように打ち寛いでいるからには、よほど親密な間がらにちがいない。

――と、思って、義平太は、

「縄付は、すぐ後から、左右太が曳いて参りますが、直ちに、お白洲へお臨み下さいましょうか」

と、客に気遣いせず、公務の急を、奉行にただした。

越前守も、ためらいなく、

「おお、白洲へ曳け。すぐ下吟味をいたすであろう」

と、答えた。

「はっ。……では、用意の調い次第に、お声をかけますれば、今しばし、御猶予を」

義平太は、異常な緊張をもって、その部屋を退がって行った。

じっと、眺めていた客の老僧は、義平太の姿が、襖の外にかくれると、越前守と、眸をあわせ、

「来たの。……遂に、来る日が」

と、つぶやいた。

「参ったようです」と、越前守も響きに応じるようにいった。二人のあいだに、一瞬、厳粛な沈黙が措かれた。