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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

「先頃から、夜毎、諸所の高札を仆して歩いたのは、そちが越前に、それをいいたいためであったか。袖、どうじゃ」

「…………」

「そうに違いあるまい。特に、南町奉行所のみの高札に狼藉を働いていたところから見るも、そちの真意は明白だ。よし、その儀は、分った」

書記机の市川義平太は、終始、筆を走らせて、吟味書を速記していた。越前守は、次に、

「堀留の山善へ押込の際には、そちは堀留川の舟の中に残っていて、屋内へ入って、強盗を働き、家人を殺傷した者は、男の三人だけであったと、阿能十蔵も申し、赤螺三平も自白しておるが、相違あるまいな」

お袖は、答えもせず、否定もしない。越前守はもう一度念を押した。そして、次の質問へ移った。

「そちが、江戸橋自身番に、捕われたのは、その折、連れていた娘のお燕を案じ、お燕を町に捜しに出て捕方の手にかかったものと――自身番の番太庄七、由蔵も申し立てておるし、十蔵、三平の自白とも合致しておる故、これも相違ないものと認めるが、異存はないか」

「…………」

「ないの。では、この事は、どうじゃ。俗称化物刑部こと元公儀お旗本の長坂刑部と申す者に、そちは十数年の間、身をまかせ、かれらの仲間同様に暮して来たが、それはそちの意志であったか。