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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

裁かば裁かれん

「吉宗が、いつ、法を犯したと申すのじゃ」

「左様な、些々たる一個の詮索ではござりませぬ。――溯れば、ここ二十数年にもわたる大罪科を、前々代のときから、当将軍家は犯しておられまする」

「……ううむ。それを、いうのか」

吉宗の激血は、やや面から醒めた。得心の扉が開きかけた容子も見える。

――と、感じると、越前守も、にわかに、心の梁が、弛みかけた。ああ、お解りだ、必ずや、解って下さるとは信じていたが、……もう大丈夫と、思うと共に、あやうく、睫毛が熱く濡れかけて来るのであった。

「……そうか。そちは、それをいおうというのか」

吉宗は、もいちど、心の底からうめいた。

裁かば裁かれん

八代将軍の職をうけてから、吉宗はまだ幾年にもなっていない。彼の革新的抱負は、甚だ、果断で勇敢には見えたが、その実績は、なお思うようには、行われていない。

形は、変るが、中は変らないのだ。威令には伏するが、内実の腐敗は、かえって、被る殻を強くさえしている。

悪習の根はふかい。弊政の禍因は遠い。それを、一朝にして、改革しようと意気ごんで職についた三十五歳の新将軍は、近頃ほとほと理想と現実との、遠さを、またいかにその実現のむずかしく、行われ難いものであるかを――敗軍の将のように痛感していた。