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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

どうしても同じ闇の住人なら、魔の淵の底まで覗かせないうちはやまないという同化力だ。また非常な誘惑上手でもある。市十郎の迷うあいだにも、お袖のうわさをチラチラ交ぜ、かれの背のお燕を降ろさせて、食べ物をやったり、あやしたり、そして母を慕う子への不愍を、市十郎に、いやが上にも、つのらせたりする。

眼をつむって――

「では、いつ?」と、ついに市十郎はいってしまった。「お袖に会わせて下さるか」

阿能十は、いつでもと答え、ただし、その絵図面は、年暮内もなるべく早めに手に入れたい。この月の十三日の晩、もいちどここで会おう。そしてその時、図面を手に入れてくれたら――すぐその足で、お袖のいる所へ行ってもいいと確答した。

「持って来ます。十三日の晩までに」

「では、おれもここで、待っているぜ」

「承知した。……だが、困るのは、この子ども。この子を連れては、身のうごきがつきかねる」

「そこは合点だ。おれが預かって行くよ。おれが」

と、阿能十は、もう自分の膝へ抱きとった。が、なお市十郎には、かれへの不安がいっぱいで、馴れない男手にはどうであろうと、危ぶんで見せると、阿能十は、もうほろ酔いきげんの大口をあいて笑っていった。