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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
しかも和尚は天正四年の三月に、たくましい一篇の偈を留めて円寂し、墓もその寺にあるにかかわらず、その後なお引続いて、常陸坊が生きているという説は行われた。『本朝故事因縁集』には、「海尊遁げ去りて富士山に入る、食物無し、石の上に飴の如き物多し、之を取りて食してより又飢うること無く、三百年の久しき木の葉を衣として住む。近代信濃の深山に岩窟あり、之に遊びて年未だ老いず」とある。山におりきりの仙人ならば、こんな歴史も伝わらぬ道理で、やはり時々は若狭の尼のように人間の中に入ってきていたのである。能登の狼煙村の山伏山では、常陸坊はこの地まできて義経と別れ、仙人になってこの山に住んだ、おりおりは山伏姿で出てきたと『能登国名跡志』に書いてあるが、それでは高館・衣川の昔話をするのに、甚だ勝手が悪かったわけである。加賀には残月という六十ばかりの僧、かつて犀川と浅野川の西東に流れていた時を知ってるといった。越後の田中という地にきて、小松原宗雪なる者と同宿し、穀を絶ち松脂を服して暮していたが、誰言うともなく残月は常陸坊、小松原は亀井六郎だと評判せられた。人が『義経記』を呼んで聴かせると覚えず釣込まれてそのころの話をしたと『提醒紀談』