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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

人馬三千の列が、下加茂の河原まで来て立ち淀んだとき、人々は期せずして、うしろを振り向いた。光秀も振り顧った。

眼のまえの加茂川に映え耀いた紅波を見て、後ろなる三十六峰の背から朝陽が昇ったのを知ったからである。

「朝のおしたくは河原で遊ばしますか、西陣へ行っておしたためなされますか」

兵糧方の部将が、光忠の側へ来て、朝食のことをたずねていた。光忠は光秀の内意を訊くため少し駒を寄せかけたが、そのとき四方田政孝と光秀が駒をならべて、いま通って来た白河の方を凝視している容子だったため、しばらく此方にさしひかえていた。

「政孝。あれは又兵衛ではないか」

「そのようでございますな」

光秀と政孝のひとみは、彼方から急いで来る一騎を待っているものらしく、朝霧を衝いて、その影が近づいて来ると、

「おお、やはり又兵衛であった」

と、光秀は心待ちにしていた彼をそのままそこに待ちながら、左右の将に向って、

「さきへ渡れ。わしは一足あとから河をこえる」

と、云った。

前隊の列はもう一部分加茂の浅瀬をひろって、対岸へ渡っていた。諸将は光秀のそばを去ると、つづいて清冽の中へ白い水泡のすじを作って、続々、徒渉して行った。