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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
それが彼女には余程恐ろしいに違いないのだ。その恐ろしさは今もあの時と変りはあるまい。もはや彼女も今歳は十九だ。歳を取って、多少でも分別がついて来ただけ、一層彼女はそれをハッキリと感じる筈だ。そうだとすれば万一おどかしに「出て行く」と云うことはあっても、よもや本気で実行することは出来なかろう。そんな見え透いた威嚇で以て、己が驚くか驚かないか、そのくらいなことは分っているだろう。………
私は大森の駅へ着くまでに、いくらか勇気を取り返しました。どんな事があってもナオミと私とは別れるような運命にはならない、もうそれだけはきっと確かだと思えました。
家の前までやって来ると、私の忌まわしい想像はすっかり外れて、アトリエの中は真っ暗になっており、一人の客もないらしく、しーんと静かで、ただ屋根裏の四畳半に明りが燈っているだけでした。
「ああ、一人で留守番をしているんだな、―――」
私はほっと胸を撫でました。「これでよかった、ほんとうに仕合わせだった」と、そんな気がしないではいられませんでした。
締まりのしてある玄関の扉を合鍵で開け、中へ這入ると私は直ぐにアトリエの電気をつけました。