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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「そりゃいくらいいか知れやしないよ」
「あたし、好い児になったでしょ」
そしていきなり私に飛び着いて、両手で首ッ玉を抱きしめながら、眼が晦むほど切なく激しく、接吻したりするのでした。
「どうだね、暫くダンスに行かないから、今夜あたり行って見ようか」
と、私の方から誘いをかけても、
「どうでも―――譲治さんが行きたいなら、―――」
と、浮かぬ顔つきで生返辞をしたり、
「それより活動へ行きましょうよ、今夜はダンスは気が進まないわ」
と云うようなこともよくありました。
又あの、四五年前の、純な楽しい生活が、二人の間に戻って来ました。私とナオミとは水入らずの二人きりで、毎晩のように浅草へ出かけ、活動小屋を覗いたり帰りには何処かの料理屋で晩飯をたべながら、「あの時分はこうだった」とか「ああだった」とか、互になつかしい昔のことを語り合って、思い出に耽る。「お前はなりが小さかったものだから、帝国館の横木の上へ腰をかけて、私の肩に掴まりながら絵を見たんだよ」と私が云えば、「譲治さんが始めてカフエエへ来た時分には、イヤにむッつりと黙り込んで、遠くの方からジロジロ私の顔ばかり見て、気味が悪かった」