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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
これはナオミの堕落であって、同時に私の堕落でもありました。なぜなら私は、男子としての節操、潔癖、純情を捨て、過去の誇りを抛ってしまって、娼婦の前に身を屈しながら、それを耻とも思わないようになったのですから。いや時としてはその卑しむべき娼婦の姿を、さながら女神を打ち仰ぐように崇拝さえもしたのですから。
ナオミは私のこの弱点を面の憎いほど知り抜いていました。自分の肉体が男にとっては抵抗し難い蠱惑であること、夜にさえなれば男を打ち負かしてしまえること、―――こう云う意識を持ち始めた彼女は、昼間は不思議なくらい不愛想な態度を示しました。自分はここにいる一人の男に自分の「女」を売っているのだ、それ以外には何もこの男に興味もなければ因縁もない、と、そんな様子をありありと見せて、あたかも路傍の人のようにむうッとそっけなく済まし込んで、たまに私が話しかけてもろくすッぽう返辞もしません。是非必要な場合にだけ「はい」とか「いいえ」とか答えるだけです。こういう彼女のやり方は、私に対して消極的に反抗している心を現わし、私を極度に侮蔑する意を示そうとするものであるとしか、私には思えませんでした。