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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

これを発見するまでのいきさつに就いては、別段ここにそう委しく書く必要がありません。私は疾うから、引っ越しの準備に頭を使っている一方、直覚的にナオミを怪しいと睨んでいたので、例の探偵的行動を少しも緩めずにいた結果、或る日彼女と熊谷とが、大胆にもつい大森の家の近所の曙楼で密会した帰りを、とうとう抑えてしまったのです。

その日の朝、私はナオミの化粧の仕方がいつもより派手であるのに疑いを抱き、家を出るなり直ぐ引っ返して裏口にある物置小屋の炭俵の蔭に隠れていたのです。(そう云う訳でその頃の私は、会社を休んでばかりいました)すると果して、九時頃になった時分、今日は稽古に行く日でもないのに彼女はひどくめかし込んで出て来ましたが、停車場の方へは行かないで、反対の方へ、足を早めてさッさと歩いて行くのでした。私は彼女を五六間やり過してから大急ぎで家へ飛び込み、学生時代に使っていたマントと帽子を引き摺り出して洋服の上へそれを被り、素足に下駄穿きで表へ駈け出すと、ナオミの跡を遠くの方から追って行きました。そして彼女が曙楼へ這入って行き、それから十分ぐらい後れて熊谷がそこへやって来たのを確かに見届けて置いてから、やがて彼等の出て来るのを待ち構えていたのです。