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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
実は昨日、つまらないことでちょっと喧嘩したもんですから、………」
「それで当人は、此処へ来ると云って出たんですか」
「当人じゃあない、僕がそう云ってやったんですよ、これから直ぐに浅草に帰って、人を寄越せッて。―――誰かあなた方が来て下されば話が分ると思ったもんですから」
「へえ、成る程、………だけどとにかく手前共へは参りませんのよ、そう云うことなら追っ付け来るかも知れませんけれど」
「だけどもお前、昨夜ッからなら分りゃしねえぜ」
と、そうこうするうちに兄貴も出て来て云うのでした。
「そりゃ何処か、お心当りがおあんなすったら外を捜して御覧なさい。もう今まで来ねえようじゃあ、此処へ帰っちゃ来ますまいよ」
「それにナオちゃんはさっぱり家へ寄り付かないんで、あれはこうッと、いつだったかしら?―――もう二た月も顔を見せたことはないんですよ」
「では済みませんが、もしも此方へ参りましたら、たとい当人が何と云おうと、早速どうか僕の所へ知らして戴きたいんですが」
「ええ、そりゃあもう、あッしの方じゃ今更あの児をどうするッて気はねえんですから、来れば直ぐにも知らせますがね」
上り框へ腰をかけて、出された渋茶をすすりながら、私は暫く途方に暮れていましたけれど、妹が家出をしたと聞いても別に心配をするのでもない姉や兄貴が相手では、ここで衷情を訴え