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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「ええ、そうだって云うんですよ。それを熊谷が得意そうに、のろけ交りにしゃべり散らすんで、僕は聞いていて不愉快でした」
「するとその晩は、二人で彼処へ泊ったんですね?」
「ところがそうじゃないんです。夕方までは其処にいたけれど、それから一緒に銀座を散歩して、尾張町の四つ角で別れたんだそうです」
「けれども、それはおかしいな。熊谷の奴、嘘をついているんじゃないかな、―――」
「いや、まあお聞きなさい、別れる時に熊谷が少し気の毒になったんで、『今夜は何処へ泊るんだい』ッてそう云うと、『泊る所なんか幾らもあるわよ。あたしこれから横浜へ行くわ』ッて、ちっともショゲてなんかいないで、そのままスタスタ新橋の方へ行くんだそうです。―――」
「横浜と云うのは、誰の所なんです?」
「そいつが奇妙なんですよ、いくらナオミさんが顔が広いッて、横浜なんかに泊る所はないだろうから、ああ云いながら多分大森へ帰ったんだろうと、そう熊谷が思っていると、明くる日の夕方電話が懸って、『エルドラドオで待っているから直ぐ来ないか』と云う訳なんです。それで行って見ると、ナオミさんが目の覚めるような夜会服を着て、孔雀の羽根の扇を持って、頸飾りだの腕環だのをギラギラさせて、西洋人だのいろんな男に囲まれながら、盛んにはしゃいでいるんだそうです」