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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
の時のように杯の遣り取りを始めていました。
「君、君、どうです一杯」
「やあ、そう飲まされちゃ、空き腹だからこたえますなあ」
「まあいいでしょう、今夜は僕の厄落しだから、一つ祝杯を挙げて下さい。僕も明日から酒は止めます、その代り今夜は大いに酔って談じようじゃありませんか」
「ああ、そうですか、それじゃあなたの健康を祝します」
浜田の顔が真っ赤に火照って、満面に出来たニキビの頭が、あたかも牛肉が湯立ったようにぶつぶつ光り出した時分には、私も大分酔っ払って、悲しいのだか嬉しいのだか何も分らなくなっていました。
「ところで浜田君、僕は聞きたいことがあるんだ」
と、私は頃合を見計らって、一段と膝を進めながら、
「ヒドイ仇名がナオミに附いていると云うのは、一体どんな仇名ですか?」
「いや、そりゃ云えません、そりゃあとてもヒドイんですから」
「ヒドクったって構わんじゃありませんか。もうあの女は僕とはあかの他人だから、遠慮することはないじゃないですか。え、何と云うんだか教えて下さいよ。却ってそいつを聞かされた方が、僕は気持がサッパリするんだ」
「あなたはそうかも知れませんが、僕には到底、云うに堪えないことなんだから堪忍して下さい。