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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「ねえ、ナオミちゃん」

と、私は或る時彼女に云いました。

「僕とお前はこれから先も友達みたいに暮らそうじゃないか、いつまで立っても。―――」

「じゃ、いつまで立ってもあたしのことを『ナオミちゃん』と呼んでくれる?」

「そりゃそうさ、それとも『奥さん』と呼んであげようか?」

「いやだわ、あたし、―――」

「そうでなけりゃ『ナオミさん』にしようか?」

「さんはいやだわ、やっぱりちゃんの方がいいわ、あたしがさんにして頂戴って云うまでは」

「そうすると僕も永久に『譲治さん』だね」

「そりゃそうだわ、外に呼び方はありゃしないもの」

ナオミはソオファへ仰向けにねころんで、薔薇の花を持ちながら、それを頻りに唇へあてていじくっていたかと思うと、そのとき不意に、

「ねえ、譲治さん?」と、そう云って、両手をひろげて、その花の代りに私の首を抱きしめました。

「僕の可愛いナオミちゃん」と私は息が塞がるくらいシッカリと抱かれたまま、袂の蔭の暗い中から声を出しながら、

「僕の可愛いナオミちゃん、僕はお前を愛しているばかりじゃない、ほんとうを云えばお前を崇拝しているのだよ。お前は僕の宝物だ、僕が自分で見つけ出して研きをかけたダイヤモンドだ。