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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
始めの日は午後五時に田町の駅でナオミが私を待ち合わせ、そこから連れだって出かけましたが、その楽器店は坂の中途にある、間口の狭いささやかな店でした。中へ這入るとピアノだの、オルガンだの、蓄音器だの、いろいろな楽器が窮屈な場所に列んでいて、もう二階ではダンスが始まっているらしく、騒々しい足取りと蓄音器の音が聞えました。ちょうど梯子段の上り口のところに、慶応の学生らしいのが五六人うじゃうじゃしていて、それがジロジロ私とナオミの様子を見るのが、あまり好い気持はしませんでしたが、
「ナオミさん」
と、その時馴れ馴れしい大きな声で、彼女を呼んだ者がありました。見ると今の学生の一人で、フラット・マンドリン―――と云うものでしょうか、平べったい、ちょっと日本の月琴のような形の楽器を小脇にかかえて、それの調子を合わせながら針金の絃をチリチリ鳴らしているのです。
「今日はア」
と、ナオミも女らしくない、書生ッぽのような口調で応じて、
「どうしたのまアちゃんは? あんたダンスをやらないの?」
「やあだア、己あ」
と、そのまアちゃんと呼ばれた男は、ニヤニヤ笑ってマンドリンを棚の上に置きながら、