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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
ております、高倉どののことは自分どもの明日のすがたでありました、歯に衣せずに云うならば、阿賀妻さん、われら上士のものはおいおいと、火が消えるように取り残され、復讐を受けるにちがいない、身共、そういう時世になったと考えております、が」
ふう――と、音を立てて一呼吸入れ、彼は一座を見まわした。
草葺き小屋のなか一ぱいに、それらの言葉はもやもやと立て籠め、急に煙ったく呼吸ぐるしくなったようであった。垂れこめた六月の夜の、まッ黒い湿った空気が浸みこむためかも知れない。動悸を昂めた人々のいきれが濛々としていた。炉火をつくろわず、いぶるに任せていたせいもあった。しかし、それよりも、どう結着するにしろ、こんなことを論議しなければならぬ彼ら自身の身のうえが哀しかったのだ。目には見えぬが、しかしながら、これほど明瞭にぞくぞくと肌身に迫って来る『この時世』。それをちらりと口にしただけで、阿賀妻の首はふいにうな垂れてしまった。すると、調子に乗って喋り立てていた安倍誠之助もがくんと躓くものを感じた。才ばしったきれいな額に二本の皺を立て、強く洟汁をかむのであった。それから、うすい唇の隅にたまった唾を拭きとった。