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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
どうしてこの際、そんな湿っぽいことを考えたか自分でさえ呆れた。多分今日のこのときまでと張りつめていた俄か大工が、これで建前も無事に終ったと考えた瞬間に起きた気のゆるみのためであったろう。彼は泣きべそを掻いたような顔を川に向ってさらしていた。
すると彼は、波のような砂丘のかげに浮き沈みする二つの陣笠を小さく見つけた。目をこらした。白いのと黒いのと、うしろに赤い陽を受け、動くたびにきらきら輝いていた。誰であるかは云わずにわかっていた。わかりすぎていた。主君と祐筆であった。すべてを見とどけて、一足先に、気づかれぬよう帰るところだ。彼は胸がつまって、高いところにいる仲間のものをふりかえった。
それと同時であった。着物のちりや芥を打ちはらって、大工たちが彼に声をかけたのだ。無事にすんだ挨拶であった。
「いろいろありがとうございました、お蔭さまで」
「あっちを見ろ――」と松岡長吉は指をつきだしてはげしく叫んだ。
彼らは何事かと驚いた。柱や垂木につかまりながらのびあがって川向うを見わたした。
何も見えなかった。松岡長吉の見て貰いたかったものは、砂丘のあいまに沈んでいた。