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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

五

彼は流れの中に駈けこんだ。

川は彼の膝でしぶきをあげた。遮るものに当って不遠慮な音をたてた。両手を左右にひろげ、のしのしと進んで行く阿賀妻はそれよりもなお倨傲であったと云える。簑の裾を浸し、腰まで沈んでもなお進んで行った。立ちなおり立ちなおり、胴体で水をかきわけて押しきった。

彼はその崖にとびついたのである。下半身からしずくの滝を流しながら、木の根につかまって匐いあがりだした。砂礫がざらざらとこぼれ落ちた。石はもんどりうって川にとびこみ、飛沫をあげた。片手を土にさしこみ、他の手に熊笹の根をつかんだ彼は、木の根にかけた草鞋がけの脚をちぢめ、ぐいと跳ねた。ひと揉み身体がまわって、彼は崖の上にとびあがっていた。

すっくと立ちあがって、その手を天につきあげた。見おろした彼の顔は、感極ったときのあの醜さであった。それも一瞬であった。

「玉目どの――」と、そこから呼びかけた彼の声はいつもの阿賀妻にかえっていた。

「ご足労願おうか、われらはこの川筋附近に於てお待ち申すとしよう」

五

くるりと踵をかえし、玉目三郎は川下に向って歩きだした。うしろには、例の猫背の男が鼻汁をすすって従いて来た。