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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

すると、辛酸した植物どもの営みは、まっさかさまであった。水は顛落するものを何でも呑みこんだ。黄泥色の濁りに底うなりを立てて蠢動して行った。ときどき野鴨の群れが羽ばたいて翔び立った。

ただひとつ、用心ぶかく、手をとりあい足をからめあってじりじりとひろがる選ばれた草があった。強い地下茎をもったヨシ、ススキ、スゲの類であった。ミズゴケ、ハコベ、ヨモギなどがそのあとにつづいた。彼らのひげ根は、水に洗われていよいよかぼそく白く、生きもののようにふるえ、しかも川筋をさえぎり捻じ曲げる力をもっていた。

いの一番にこの川を見つけたのは、肥え太った鮭の群ででもあったろうか。それを餌食とするアイヌが、追われながらやって来た。それから永い時代を経て、われらの父祖のあるものが足をふみ入れたのである。彼らのうちの一人である佐藤行信は蝦夷拾遺に書き記して云った――「イシカリ川、その源は遠く山間に発し、委蛇として西海に入る、沿岸は渺漠たる大原野ありて四方便利の地たり、これを開かば一大国府となるべし」ついで、著名な探険家であった近藤重蔵は時の政府に「イシカリ川の義は、総蝦夷地の中央第一の大河にして、水源までおよそ百里の間、左右うち開け候平地沃野のみにて樹林鬱茂、夷人所々に住居、川上まで、夷人粮魚おびただしくこれあり」