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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
通りがかりにじろじろと眺められる場所で、阿賀妻は恬然と用意をなし了えた。満足して、笠を小脇にかかえた彼は、正門の真ン中からゆったりと庭を横ぎって、庁舎正面の泥だらけの玄関にぬッと立った。
「おたのみ申す」
傍の部屋で、小机に凭れていたわかい番人がひょいと頭をあげた。彼は目を三角にして暫らく見あげ見おろすのであった。敵か味方か――と、それほど大げさではないが、彼の毛虫のような眉はびくびくと動いて、訪問者を利益あるものかどうかと計量している。
「おたのみ申す」と、阿賀妻は押しつけるように云った。
「どういう用向きですか?」
「判官どのにお会いしたい」
「どういう用向きですか――」と繰りかえして玄関番はのっそり立って来た。
「土地貸付けの儀にてまいった者、判官どのご多忙と云われるなら、責任ある係り役人にても結構、自分は――」
彼は名乗るのであった。
玄関番の表情にありありと下劣なものが浮んだ。表面無視しながら、阿賀妻は明瞭り、その底意を読みとることが出来た。その男の言葉尻りにあらわれた九州なまりも気になるものであった。こういう小者の末まで、まさに跳梁しつつあるという苦い思いであった。