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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
五
渡船の客はまたしてもたった一人である。舳にカンテラを吊してゆるやかな櫓の音を立てて動いていた。底の浅い船は、中流までは川上に斜めにのぼり、向きをかえると押流されて予定の向う岸に舷をこすり着けるのである。夜の川風は冷えていた。大腿にしこった疲労を意識して阿賀妻はうとうととした。船の動揺は心の疲れも呼びだした。人気のない暗やみに来て、はじめて自分を投げだした。
つづく砂浜の路を、彼は一散に駈けつけて行った。彼らがつくったシップの部落には、目を閉じていても辿りつくほど馴れていた。いくつかの砂丘の間をくぐり抜け、それとなく漂う人間のにおいが本能のように彼を導くのだ。野にあがれば、焚火の洩れる草葺小屋が見えて来る。音もなく声もなかった。今宵もちょろちょろと火を燃していた。口には出さなかったが、心許ない夜々であった。彼らの仲間はそういう日と夜を、ぽつねんと迎え、ぼっそりと見送っていたのである。
五
とっつきの小屋の外で阿賀妻は声をかけた。
「おらるるか?」
刳りぬいた窓から見える内部で、切炉を囲んでいたその家族には一種の戦慄が走ったようである。女は身をひるがえすようにきッと構えた。