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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
工事費の三分の二を佐々の方で負担して、和一郎たちの室にも電燈がひかれることになった。ついでに、ラジオずきの和一郎はラジオもきけるようにした。毎晩オペラや音楽会で金を使うよりは、という和一郎の説に、多計代が賛成したのだった。
二度めに帰って来たパリで伸子がひとりだということは、おのずからホテルの選びかたにもあらわれて、伸子は、親たちのいるペレールのアパルトマンからほど近いモンソー公園よりの小ホテルの七階に一部屋とった。「モンソー・エ・トカヴィユ」と気取ってつけたホテルの名にふさわしい入口の様子や食堂の雰囲気だった。七階の一つの部屋からは、パリのコンサヴァトアールへでも通っているらしい若い女のピアノ練習がきこえた。親たちがパリを去れば、自分もモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へかえるのだけれども、ロンドンから帰って来た伸子の心の中には、何となし新しい活気が脈うっていて、短いパリののこりの日を、思う存分暮したかった。ロンドンで、伸子はその国の言葉がいくらかでもわかるということは、旅行者にとってどれだけ重大な意味をもっているかということを、しみじみさとった。