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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

小さいコーヒーわかし、日本の茶、海苔などというものを二つの包みにこしらえて、伸子は約束の時間に、マダム・ベルネの家を出て、サン・トアンの蜂谷の室へよった。すると宿の女主人である画家の未亡人が、黒繻子の大前掛をかけた姿で、いぶかしそうに伸子を出迎えた。

「ムシュウ・アチヤは、たった今、出かけましたよ」

伸子は、腕時計を見た。四時半という約束の時間には、まだ五分もあった。早かったとしても、伸子はおくれて来ているのではなかったのに。――

蜂谷の下宿はクラマールの山の手にあたる住宅区域のだらだら坂を下りきったところに在って、電車の停留場まで、二三分の距離だった。伸子は短いその距離を、いそがず、一人で歩いて行った。伸子の時計がおくれていたのかもしれない。だけれども、三分や五分おくれたと云って、彼のところへよると約束している伸子をおいてきぼりにして、蜂谷良作が先へ出かけてしまった意味が、伸子にのみこめなかった。伸子は野沢義二の住所をはっきり知っていない。そのことは蜂谷によくわかっている。もしきょう病気をしている野沢の誕生日のために、おかゆをこしらえてみんなでたべようなどと興じている伸子に彼が不同意なら、あっさりぬけていいのだ。