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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「そりゃ、御勝手ですがね」
そりゃ、御勝手ですがね――伸子の防寒靴の下に昼間はゆるみ出した早春のモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の雪がきしみ、素子のその言葉もきしむ。
ホテル・パッサージの入口のドアの上には、伸子たちがいたころのとおり、紫インクで書いた正餐の献立がはり出されていた。防寒靴をあずかる階下の玄関番が、はじめて見る若い男にかわっている。伸子は赤や緑で小花模様を出した粗末な絨毯の上を事務所へのぼって行った。
事務所の椅子は、ちっとも変っていなくて「五日週間、間断なき週間」と、壁にはり出されているのは、隣りの中央郵便局の内部と同じだった。葡萄色のルバーシカの上に背広の上衣を着た四十がらみの男が事務机の前にいる。それが、もとからいる人かどうか伸子には思い出せないのだった。
伸子は、事務机のこちら側に立った。そして、あっさり切り出した。
「こんにちは」
「こんにちは」
「部屋があるでしょうか」
「いっぱいです」
簡単で、実にはっきりした答えだった。伸子は思わず瞬きした。いまは満員かもしれないけれども、絶えずひとの動いているホテルのことだから、一つの室も決して空かないということはあり得なかった。