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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
その日の席へも、さつき夫人は、いくたりかの婦人たちになぐさめられようなどと考えて来ているのでないことは、明瞭だった。
伸子がさつき夫人にあったのは、あとにもさきにもそのとき一度であった。大杉栄には、魔子という娘もいた。その少女は、何か偶然のことで、田舎のおじいさんのところへ行っていたかで、生きのこった。思えば、その魔子もモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ来てしまった山上の娘が、リュックスの出窓の前へ、誰はばからず悠々と洗濯した靴下をぶら下げて暮しているようには、生きていないわけだった。
元気のいいタイプライターの音がやんだ。印刷された紙が機械からはずされ、クリップでとめられた。
「さあ、すんだ」
山上元の、背の高くない、がっしりとした体が、伸子のおさまっているテーブルの向いの使いふるされた肱かけ椅子へ移って来た。
「えらく、お待たせした」
そして、去年の十二月、彼の七十回の誕生祝賀のときプラウダにのった大きい写真で伸子がよく見知っている山上元の特徴のある三白眼が、まっすぐ伸子を見た。亡命生活をつづけている老革命家であり、その晩年に計らず父親としての生活ももつようになった山上元の、遠慮のない、観察的な視線を、伸子もかえして、山上元を見た。