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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
それをもって、伸子は寝床からひきずり出された若いひとにあやまりながらまっすぐヴォージラールまで戻って来た。薬屋だけは、一つの街に何軒という風に日曜でも店を開けている。伸子はホテルのすこし手前で薬屋が目にはいったところでタクシーを降りた。ロシア語のわかる、しかし自分からは決してその言葉を話さない運転手のタクシーにのって、日曜日には、すべてが休んでいるパリで歯医者をさがして、一時間あまり伸子は空しくかけまわったのだった。
うすよごれた白い上っぱりを着て、老眼鏡を鼻の上にずりおとした薬屋の年よりが渡してよこした袋の中をのぞいて見たら、そこには三色菫の花の乾したのが少しはいっていた。そのとき、伸子はその薬屋のほこりっぽい店つきとともにフランスの庶民生活にある伝統の古さを、身にしみとおるばかり感じた。風邪にはカモミユの煎薬。鎮痛には三色菫の乾した花。これもいずれは煎薬だろう。伸子は、カトリーヌ・ド・メディチの時代からパリの男や女が煎じてのんでいたにちがいない三色菫の乾花の袋をもって、ゆっくりそれを煎じるような設備はどこにもない近代式なホテルの部屋に帰って来た。