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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

こんなにして眠っている素子が、メトロのステーションで「畜生!」と舌うちしたときの表情や「尻を撫でやがった!」とまるで自分に女の後つきがあることをそれで発見したように言った言いかたを思い出すと、伸子は滑稽でたまらなくなった。その滑稽さのなかには伸子の気をくつろがせるものがある。パリの物ずきな男が、素子のなかに女を感じて奇襲したやりかたは、げびているが、伸子はそこにいやらしさというよりむしろ諧謔的な、風のいたずらめいたものを感じた。素子が自分の女であることに衝撃されたのは何とおかしくて、然し、自然なことだろう。

素子が目をさましたときは、静かな日曜日の午後ももう夕方に近い時間だった。

「ぶこちゃん」

「どうした? すこしは、よくなった?」

伸子は寝台へよって行って、とけてしまった氷嚢をどけながら、素子の鼻のあたまにちょっと接吻した。

五

六月なかばのパリでは、マロニエの若葉をうってときどき軽い雨が降った。その日も、朝から間をおいて通り雨のような明るく光る雨が降った。伸子と素子とはホテルの室にいて、素子は化粧台の上にベルリンで買ったロシア語のタイプライターを置き、練習をしていた。