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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
六
「すこし歩きに出たくなっちゃった」
「気分は大丈夫?」
「大丈夫さ、もう三日もとじこもっていたんだもの。――磯崎君とこへ行ってみようよ、医者のとき騒がしたんだし」
素子は、パリ案内をバルコンへもちだして、ヴォージラールからデュトの間の、いりくんだ町すじをしらべた。
「こういう風に行くと、近いんだねえ。よし、と! さあ、ぶこちゃん、出かけるよ」
二人は、ヴォージラールの通りをすこし行ったところで右へ曲り、やがてその裏町を左へ折れてつき当りをまた右の横丁へという工合に、ほそい道を縫って歩いて行った。
そのあたりは、ほんとにパリの裏町で、倉庫ばかり続いた、人気ない古いごろた石じきの道だったり、界隈の古さをしのばせて、どういうわけかそこにだけのこっている十七八世紀ごろの厚い漆喰のかけた石壁に蔦がからんで葉をしげらせているところなどがあった。雨あがりのうすら明るい午後九時の裏町に人通りは全く絶えていて、一人はベレーを左へまげてかぶり、一人はベレーを右へ傾けてかぶった伸子と素子とが歩いてゆくゆっくりした靴音ばかりが、あたりに響いた。とある横丁で、強烈な黒灰色にぼけた四角い小家があり、それにかみつくような対照で煉瓦色の壁が突っ立っていた。