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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

五つばかりの娘だった伸子はそのわきに立って、くくれた柔かな顎をテーブルへのせてそれを眺めていた。それはいつも夏の夜の光景として思い出された。いまになって考えれば、その雁皮紙の手紙には、家計のせつないことから、姑が、父のいないうちに多計代を追い出して父の従妹を入れようとしていると、少くとも多計代にとってはそうとしか解釈されなかった苦しい圧迫などについて訴えられてもいたのだ。心に溢れる訴えと恋着とをこめて、書き連ねた若い多計代のつきない糸のような草書のたよりは、ケインブリッジやロンドンの下宿で四十歳での留学生生活をしている泰造に、どんな思いをかきたてたことだったろう。

伸子は、いま自分が遠く日本をはなれて来ていて、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の生活感情そのもののなかで、故国からの手紙をよむ気持を思いあわせると、泰造ばかりでなく、すべての外国暮しをしているものが、その外国生活の雰囲気のなかにうけとる故国からのたよりを、一種独特の安心と同じ程度の気重さで感じるのがわかるようだった。

「母の手紙がつくと、父はそれをいきなりポケットにしまいこんで、やがてきっと、ひとのいないところへ立って行ったんだって――。