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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
伸子がかけている座席のよこの白く凍った窓ガラスに乗客の誰かが丹念に息をふきかけ、厚く凍りついた氷をとかしてこしらえた覗き穴がまるく小さくあいていた。その穴に顔をよせて外をのぞいていると、蒼白くアーク燈にてらし出されている並木の雪のつもった枝だの灯のついた大きい建物だのが、目の前を掠めてすぎた。白く凍ってそとの見えないバスの中で、思いがけずこんな一つの穴を見つけた伸子は、そののぞき穴を守って、チラリ、チラリと閃きすぎる深夜のモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)を眺めた。
断片的なそとの景色につれて、伸子の心にも、いろいろな思いが断片的に湧いて消えた。ポリニャークにいきなり体ごと高く掬い上げられ、その刹那意識の流れが中断されたようだった変な感じが、まだ伸子の感覚にのこっていた。ポリニャークは、どうしてあんなことをしたのだろう。自分も何か用事で廊下へ出て来た拍子に、小さい伸子が来かかるのを見て、ひょいと掬い上げたというのならば、そうするポリニャークに陽気ないたずらっ子の笑いがあったはずだし、伸子も、びっくりした次には笑い出す気分がうつったはずだった。