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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

秋山さんたち、どうしているでしょうね、と云い出した伸子の心持には、アストージェンカではじまった生活の感情からみると、パッサージの暮しが平面のちがう高さに浮いているように思えるからだった。ちょいとした事実、たとえば、アストージェンカの台所では、サモワールが立てられたことなんか、まだ一遍もなかった。それさえ、ロシアと云えばサモワールと連想していた伸子にとって新しい生活の実感だった。現代のモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の人々は毎日誰だってありふれたアルミニュームのやかんで、ガスだの石油コンロだので格別かわったところもなく湯をわかしているのだ。色つけ経木の桃色リボンで飾られたりしてはいない自分のうちの食堂でたべ、さもなければ、この頃伸子たちがちょくちょく行くような、街のあんまり小ざっぱりもしていない食堂で酢づけの赤キャベジを添えた家鴨の焼いたのをたべたりしているのだった。

トゥウェルスカヤ界隈で伸子たちのよく行った映画館は、第一ソヴキノや、音楽学校の立派なホールを利用したコロスなどだった。アストージェンカへ来てから、伸子が一人で行く小さな映画館は、昼間伸子がそこでプロスト・クワシャを買ったりパンを買ったりするコムナールの三階にあった。