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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

泰造は、伸子が見馴れている万年筆の字でそう書いている。その万年筆は、ペン先がどうしたはずみか妙にねじれてしまっていたが、泰造はそれでもほかのよりは書きいいと云って、ねじれたペンを裏がえしにつかって書いていた。動坂の家庭生活のこまごました癖やそのちらかり工合までを伸子に思いおこさせずにおかない父の筆蹟は、肉体的な実感で伸子をつかんだ。

今年も七月早々母は持病の糖尿病によるあせもの悪化をおそれて、例の如く桜山へつや子とともに避暑し、動坂の家にのこりたるは保、和一郎と余のみ。保は、二十日間のドイツ語講習会を無事終了。その二三日来特に暑気甚しく、三十一日の夜は和一郎、保、余三人、保の講習会を終った慰労をかねてホテルの屋上にて食事、映画を見物して帰った。その夜も保は映画の喜劇に大笑いし極めて愉快そうに見えた。

三十一日はそうして過ぎ、泰造の手紙によると八月一日は、平常どおり泰造は朝から事務所へ、和一郎は友人のところへそれぞれ出かけた。父も和一郎も夕飯にかえって来たが、めずらしいことに保がうちにいなかった。女中にきくと、おひる前ごろ、保が筒袖の白絣に黒いメリンスの兵児帯をしめたふだんのなりで、女中部屋のわきを通り、一寸友達のところへ行ってくるよ、と出かけたことがわかった。