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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

「あの子供、返しに来るかしら」

と云った。来ないような気がした。

「ピオニェールだよ」

「そりゃそうだけれど……」

そう云ってなお下を見ている伸子の頭に、札束のことが思い浮んだ。

「あなた、お金どこにある?」

「こっちへうつした」

伸子と自分との席の間に挾んでおいてある書類鞄を素子はたたいた。劇場へ来るまえに、伸子と素子とは国立銀行へまわって、三ヵ月間の生活費にあたるほどの紙幣をもっていた。素子はどうしたのかそれを外套の内ポケットに入れていた。劇場の外套あずかり所で、外套をぬいであずけるとき、素子はそのことを思い出し、ポケットから札束を出して、入れ場所をかえた。伸子は、素子のそういう動作は場所柄不用心だと思ったけれども、だまっていた。そのとき、彼女たちのまわりに何人か外套あずけの観客がいた。素子がそうやって手早くではあったが不適当な場所で札を動かしたとき、すぐ横にいて、どうも素子のやったことに気づいたらしい、きびしい顔つきの四十がらみの女が、赤っぽい絹ブラウスを着て、やっぱり同じバルコニーで素子から斜よこの席に一人でかけていた。

伸子は、あいかわらず素子と顔を並べて下を見ながら、小さな声で、