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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

その若くない手の表情から、くすんだ色の紅をつけている多計代の華やかな唇のあたりが思い出された。ふっさりした庇髪、亢奮で輝いている黒い眼と濃い睫毛の繁いまばたき。伸子は横たわっているベッドの白いかけものの下でかすかに身じろぎをした。二三日前うけとった多計代からの手紙のなかに何だか気にかかる箇所があった。伸子の病気と入院していることを知った多計代は、いつものとおり流達すぎる草書の字を書簡箋の上に走らせているうちに、次第に自分の感動に感激して来た調子で、伸子の健康を恢復させるためには、母として可能なすべての手段をつくす決心をしたと書いていた。彼のために、というのは、死んだ保のことであった。多計代は、去年の八月保が自殺してから、保のことは決して固有名詞で云わなかった。彼としか書かなくなった。彼のために為すことの乏しかった母は、のこされた子等のために最善をつくすのが彼に対する義務だと思っています。そして、電報為替で千円送ってくれた。その金は、手紙より早くモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へついていた。礼のハガキは行きちがいにつくだろう。が、いま紫水晶の耳かざりを見ているように仰向いたまま読んだ多計代の手紙にあるそれらの字句は、思い出したいま、やっぱり伸子に漠然とした焦だたしさを感じさせるのだった。