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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
と素子にたずねた。
「誰から?……藤原からかい?」
「私にちょっとそんなこと云ってよ。――もし来るときまったらわたしを診てもらうようにするって母が云っていたって」
「へえ――知らないよ。佐々のお父さんと同郷とかっていう、あの吉沢さんかい?」
「聞いたことがあった?――吉沢さんでも来ればいい」
伸子は、自分の病気を診てもらうもらわないより、せめて自分の病室へは藤原威夫のようなものでない普通の人、天皇のこととか伸子の思想のことだとか云わないあたり前の人に来てほしかった。
その夜は、二つばかりさきの小病室から終夜病人の呻り声がこちらの廊下へまできこえた。伸子が入院してから平穏がつづいているその病棟にはじめてのことだった。その呻り声は、はじまった病気の苦しみというよりも、死ぬ間際のうめきのようにきこえた。婦人病棟だのに、その呻り声は高く低く男のようにしわがれて、ドアの外の廊下を看護婦や当直医の往来する足音がした。
あたりがふっと静まったときまどろみかける伸子は、じきまた聞えて来る呻り声で目をさまされた。さめた瞬間、伸子の心は沈んでいて昼間の印象がこびりついている自分に気づくのだった。