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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
ロビーのひろさに合わして不釣合に狭苦しい古風なカウンターのところでは、折から到着した二組の旅客が、プランを見て、部屋をきめているところだった。その用がすむのを待って、伸子たちはわきに佇んだ。旅客たちはドイツ語で話している。いかにも職業用にフロックコートを着た支配人が、ヤー・ヤーとせっかちに返事して、何かこまかいことを云っているらしい一組の夫婦づれの方の細君に答えている。大きな胸の、赤っぽい髪の細君が、内気そうに鼻の長い顔色のよくない亭主をさしおいて旅先のホテルの泊りにも勝気をあらわして交渉している光景が面白くて、伸子は、いつの間にか自分がハンカチーフを落したことを知らなかった。
そこへいかにも、このホテルのどこかで催されている宴会へでも来ているらしい一人の若いポーランド将校が華やかな空色の軍服姿で通りあわせた。彼はすっと瀟洒に身をかがめて伸子が落して知らずにいたハンカチーフを赤いカーペットの上からひろいあげると、
「ヴォアラ。――マドモアゼル」
直立して、乗馬靴の二つの踵をきつくうち合わせチャリンと拍車を鳴らし、笑いをふくんで白い麻の女もちハンカチーフを伸子にさし出した。