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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
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ことにこれらの諸論文の発表は、もともと小杉先生のお顔を立てたいと云うのが主なる目的であり、むしろ助太刀くらいの意味を以て着手したものであったが為に、一時は昂奮の余り甚だ過激なる論法をもあえてしたとは云え、畢竟余輩にとっては一つの余技たるに過ぎず、したがってその後は平城京その他の諸問題の研究に没頭して、法隆寺問題の方は自ずから等閑に附せらるるを免れなかったが、それでも時に前説に対する補遺の意味を以て、多少の意見を発表した場合もないではなかった。ことにその後小野玄妙君、会津八一君、その他の人々から、時に異説の発表があり、また法隆寺そのものについても少からざる新発見があったが為に、これに促されてしばしば所見を発表した事もまた少くなかった。古くは大正三年七月奈良において、日本歴史地理学会の夏期講演会を開催するや、余輩は「奈良朝寺院史」を担当して、談たまたまこれに及んだが如き、次いで翌大正四年八月の歴史地理に、「法隆寺の古建築は果して推古式か」の一文を、越えて昭和二年六月の史学雑誌には、「法隆寺の最近調査の結果につきて」を、また同六年一月発行の夢殿には、「斑鳩宮と斑鳩寺に関する雑考」