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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页
の義となし、以てこの寺一屋無余の大災に罹った事の傍証とすべしと考えてみたのであったが、その後さらに考うるに、それは誤りであった。この文はすべからく、「法隆寺災に罹るの後、衆人新寺地をどこにすべきかに就いて意見が決定しなかつた」ものと解すべきであった。そしてこの新解釈は、先年の水道敷設工事によって証明せられた。今の食堂附近を始めとして、当時発掘した敷地の中には、焼土・焼瓦の存在する場所が少からず発見せられたのである。けだし当初の伽藍は今の敷地よりも東方にあったもので、その位置が東院に近かったが為に、天智天皇朝の火災の際には幸いにして東院その厄を免れえたとしても、なお延長火災の際の場合と同じく、他日お互いに累を及ぼす事を顧慮して、寺地変更の議が生じ、それが決定せぬ間、まず他の寺院の造営に従事したものであった。そして後に決定したのが東院を遠く西に離れた、今の敷地だと解すべきものである。したがってかの水道工事の際、今の講堂附近には焼土があったが、金堂及び塔婆の附近にそれが無かったの故を以て、非再建説が証明せられたとの説の如きは、勿論問題とすべきものではなかったのである。