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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
身をつつんでいる夜具の友禅模様も、何か、不思議な世界のものであるような気がされる。
「おや。お目ざめ?」
枕屏風の横から、こうさし覗いて笑った顔は、ゆうべの人であった。お高祖頭巾の女――あとで分ったことであるが、名はお島、年頃は市十郎より幾つか上らしく、そしてこの家のある所は、南八丁堀の、とある新道で、小粋な二階家造り。障子明りに、雪を持った松の影が映っていた。
「昨夜は、思わぬお世話になりました。お礼の申しあげようもありませぬ」
市十郎は、あわてて、床を出、真四角に、両手をついた。調った家居や調度の中に置かれると、屋敷生活の躾がよび起され、たちまち、今の彼らしくない彼にもどるのであった。
「ホホホホ。まあ、ごあいさつに困ッちまう」
と、お島は唇へ手をあてて笑った。もとよりかの女は、そんな肌の女とはちがう。化物刑部のやしきへ行くと、銀歯組やごろ男を相手にしても、折には、勝負に勝って来ようという女である。
きのうも、広間の賭場仲間のひとりだった。しかも、目が向いて、勝っていた機だったので、土蔵二階の出来事を、ちょうどよいきッかけに、お先へひとり帰って来たのが――あの雪の道だったのである。