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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
かれの素質は反省にかえる一面をもっていた。幽居の日を、読書に没し、禅に参入し、若いいのちを、自らたたき醒ますにつれ、ひとりとめどなく涙した。
――が、横死した五郎左衛門忠英の一子亀次郎には、そんな機会がなかった。かれら骨肉は重追放となり、召使の田舎を頼るやら、遠国のうすい縁者をあてになどして散らかったが、亀次郎はすぐ江戸へ舞いもどった。もちろん、容貌をすっかり変えて。
かれのあばたは、灸や薬で、自ら焼いてこしらえた作りあばたなのである。
「市十郎さま。お薄茶など一ぷくおたていたしましょうか」
家つきのお縫は、きりょうこそ美くはないが、明るくて純な、そして教養もよく身についている処女だった。
ふたりは、ふたりが許嫁であることを、もうもちろん知っている。お縫は二十歳。市十郎はすでに二十六歳。
「茶ですか。さあ、よしましょう」
市十郎は、読書からちょっと眼をはなしたが、体は机から向きを変えず、お縫には、すぐ去って欲しいような顔に見えた。
が、彼女は、市十郎が十歳のときから、共にひとつ家に暮らしているので、恋人同士のあいだに触れあうような、細かい神経の奏では、その性格からも感じなかった。