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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

「ばか。市川楽翁は、貴様の、親だぞ。父親ではないか」

「公務の上では、父も子もない」

「お奉行のお立場はわかるが、その御苦境をお助け申さねばならん股肱のわれわれまでが、一途に、そんな純理にばかり走ってしまったらどうなるんだ。ま、落着けい」

「おれは落着いている。狂っているわけじゃない。法の正しさを守るためには、わが身も、裁かれ、わが子といえど、ゆるさぬとしているお奉行の胸をおもえば」

「まあいい。ひっこめ」

「退かん。おれは、役目を果たす」

振りほどいて、義平太は、たった今、ここを出たはずの、楽翁の駕籠を追って、裏門を走り出た。

数寄屋橋門内の夜は人通りも稀である。例の石焼豆腐の灯が見えるほか、その辺からお濠端へかけては、もう夏草の伸び初めている一めんな草原だった。

「待ッた。待ってくれ」

義平太は、追いついた駕籠の前へ廻って、両手をひろげた。

「南の与力でござるが、駕籠の内のお人に、ちとお質し申したい儀がある。ちょっと、降りていただきたい」

さすが、声のどこかに、ふるえが帯びる。

義平太はその慄えを叱咤して、自己の私心から、追い出すように、語気をはげまして、さらにいった。