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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
……そうそう、其許がお出かけなら、手前も赤坂のおやしきへ、お小さいのを、往診に参っておこう」
「赤坂の御病人とは」
「越前守さまのお末の子――お三ツになられるのが、春には重い風邪を病み、また梅雨すぎから疫痢にかかって、まだ捗々しくないのでしてな」
「やれやれ。それは越前どのにとって、まことに内憂外患だ。今の苦衷は、お察しに難くない。――にも関らず、毎日、平然と奉行所に出仕して、あらゆる四囲の逆境と、おのれに打ち剋とうとしている姿は、何とも雄々しいものでおざる。……吉宗様が、紀州御在国の時からすでに眼につけて、将軍職につかるるやいな、すぐ山田奉行から召し出された御眼識もさすがと頷かれる」
――その時、しずかに、梯子段を上がって来る跫音がした。
お燕であった。いや、采女といっておこう。
采女は、上品な武家の子息のような身装をし、前髪姿もつつましく、そこに両手をついた。
「あの……。支度して参りましたが」
ああいけない。身装を男に作っても、名を采女とよんでも、声、身ごなし、どうしても、女である。
父恋し母も慕わし
かご寅の駕籠に乗って、藪八と采女は、牛込柳町から上野へ向った。