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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
大川端の方へ行く。やがて、厩河岸をぶらぶらゆく。
涼み船、涼み床几。水の上も岸の上も、夏をたのしむ和やかな人影ばかり。お袖の影も、その一人としか見えなかった。
「はて。やはり涼みだけに歩いているのかしら?」
不伝は、折々、うしろも振向いた。蓮見茶屋での出来事は、かれにとって、まだ生々しかった。お袖、お燕の素姓は、うすうす知っていたが、何となく、不気味なものは拭いきれない。しかもその不気味さが、かれにとっては、ただの町女よりは、一そうな魅惑でもあったのである。
「おや?」
不伝は、立ちどまった。夜になると、大川端には、たくさんな闇の女が出る。夜鷹、舟まんじゅう、麦湯売り、比丘尼、山ねこ、雑多な名でよばれているが、闇に咲く白粉の女たちであることに変りはない。
柳に葭簀を立てかけたその一囲いにお袖はかくれた。――と思うとそれから、ついと、蝙蝠のように、早足に、出て行った男の影がある。
黒い薄衣に、同じ薄ものの露頭巾をかぶり、大小をさし、草履ばきで、すたすたと行くうしろ姿が――肩のやさしい線が――どこかお袖と似ているようでもあった。
「おいっ、今、ここから出て行ったのは、客か、誰だ。