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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
ついに、やられましたな」
楽翁は、坐るとすぐ、そういった。越前守は、茶をたてて、彼にもすすめた。
「……お蔭で、まずすこし、目鼻がつきかけました。御老人にも、お心を煩わさせたが」
「何といおうか、申す言葉もおざらぬ」
楽翁は、憮然として、相手の面を見つめた。しかし、もう何をいっても、後のまつりだと、諦めたように、茶わんを静かに戻して、
「ときに、きょうお伺いしたのは、赤坂のおやしきの方のことじゃが」
「や。何か、留守の家族どもが、だいぶお世話になっておるとのことですが」
「それはかまわんが、越前どの。御内室の病状が、ここ二、三日、とてもお悪い。……御危篤というてもよいほどお悪い。いちど、御帰邸になって上げてはどうかの」
「縫が……」と、さすがに、越前守も、胸の傷む面持ちを見せた――「縫が、そのように、重体ですか」
「ずっと、園子さまと御一緒に薬湯をさしあげておき、折々、お見舞いしても、さしたる御容体にも見えなかったが……急に大熱を発しられたので、家人に訊いてみると、殿の御一身にも関る事件ということを、誰からかお聞きになり、夜毎、水垢離などして、神信心されておられたそうな。