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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「おい、久の字。ここらで帰るがいいぜ。あしたの午まえにゃ、いつもの所へ、阿能とふたり、空ッ腹で行くから、お袖にいって、美味いもので、飯のしたくをさせといてくんな」
するすると、彼の影は、もう木の上の梟だった。
ここまでのつきあいが、精いッぱいの辛抱だった味噌久は、大亀にそういわれると、元気づいて、
「ほい、心得た。じゃあ、お袖のうちで、待ちあわせているぜ」
彼のすがたも、夜鳥に似て、江戸府内の方へいちもくさんに消え去った。
夏のみじか夜とはいうが、梟のまねして、木の上にとまっているふたりには、それからの空がひどく長い気がした。
「阿能。寒いようだなあ」
「ウム。洒落た涼みだ」
「寝られるかい。少ッたあ」
「寝たら落ッこちるだろうと思ってよ」
「おれたち、人間の先祖は、穴に住む以前は、木の上に寝たんだそうだ。寝られねえわけはねえが」
「それで読めた。いまの地上では、お犬様をはじめ、畜生どもが、人間以上にあつかわれ、おれたち人間は、木の上で寝る。――なるほどなんのふしぎもありゃしねえ。これやあ、大昔に返っただけのことだ」
「ははは。そうかもしれねえ」
この暗天の笑い声も、もし聞く者があったら、異様な感にうたれたろう。