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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

『いやいや。あれの愛妻ぶりを知っているか。上西門院の雑仕だった袈裟御前だ。あの不器ッちょが、よくもあんな美人を射落して、宿の妻にしたと思うが、そのまた、愛しかたも、ひと通りではない。宿直に当って、夜も院に詰めているときなどは、心は家に行っている。――いちど、おれたちにも、拝ませろというと、かれ、にやりとして、秘蔵の妻だ、めったには、などとのろけたこともある。しかし、実は、見せたいのだよ、自慢の妻を』

迎える門は、水を打ち、厨(台所)を浄めて、気をつかっていたが、やがて、どやどや訪れる方は、一歩前まで、勝手な放談を楽しみつつやって来た。

しかし、この同年輩の若者も、客間につくと、ほどよく客振りを保って、やがて運ばれてくる折敷の肴、高坏、銚子などを前にしても、酔うまでは、なかなか遠慮めいた風趣も示す。

平太清盛もいた。佐藤義清も見えている。――が、ひとり、いるべきなのにいない顔が、清盛に、思い出された。

遠藤武者盛遠である。なぜかれは見えぬのか? ――と、清盛は、口へ出しかけたが、出さなかった。日ごろ、院の溜りでも、渡と盛遠とのあいだに、何か、溶けあわないものを感じていたからである。