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しん・へいけものがたり
新・平家物語
吉川 英治
02 ちげぐさの巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页
ほんとの悪党は、この中にはいそうもない。いるのは、雲の上と極まった。叡山だの、園城寺だの、奈良だのにも、金襴ぐるみの悪仏どもがたくさんに』
かれはいつか塩小路の人ごみにもまれていた。そして、あっちをのぞき、こっちにたたずみ、夕迫るのも忘れて、呆うけ歩いていた。
クサ市には、きょうは、人影もない。
賽日とみえて、そのかわりに、榎の下の赤い灯だの、花束だの、香の煙りが、夕やみにゆらめいていた。
白拍子らしい女たちや、もっと低い種類の遊び女たちが、幾組も連れ立って、後からあとから榎の下へ詣ってゆく。
むかし、袴垂保輔という大盗の妾がここに住んでいた。その跡がこの大榎だということになっている。そこで、いつごろからか、この榎に願掛けすれば、浮気男に夢が通じるとか、恋仇を病みつかせるとかいう迷信が生まれ、袴垂が獄死した永延二年六月七日の七ノ日を賽日として、クサ市の盗児から、いろんな種類の女たちまでの参詣が、こんな風ににぎわうのだった。
四位の朝臣の家に生まれながら、放火、群盗、殺人などの悪行をほしいままにして、世に袴垂の悪名を売った男の名は、もう百年以上もたっているのに、妙に、今でも市井に何か残している。