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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

こよいは、当然、院のお庭で、一統に、御酒も賜わるべきを、この忠盛に、不つつかがあったため、御門へすら、入ることなく、かくは引き揚げてしもうたわけ。――忠盛の不徳は、そちたちへ、こう詫びるぞ。いつかは、みなの骨折りにも、きっと酬ゆる日もあろう。今はあるかぎりの酒、忠盛の謝り酒ぞや。夜を更かすとも苦しゅうない。思うがまま、飲み歌うて、卑屈にならぬ武者胆を、養うてくれい』

『…………』しばらくは、声なく、みな首をたれていた。

およそ、宮苑や公卿の第宅では、管絃の音と歓酔のない夜はなかったが、地下人のまた下僕たるこれらの人びとの中では、酒に会うことなど、まれであった。行儀は、粛と、構えているが、匂いにすら、腸が、鳴くのである。

それへの自然な欲望と、忠盛のしみじみという労りとに、郎党たちの感情は、瞼に熱いものをもった。泣いて飲む酒もまた味がふかい――とするように、そよと、晩秋の夜気が、燭をまたたかせた。

『あれ見よ。貧乏でよいものは、庭面の風情だけだ。生うるがままな秋草の丈は、なんと、われらの風流にふさわしいではないか。さあ、飲もう、みなも、酌み合え、酌み合え』