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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

『よう。……平太どのでおわそうが。何しておられる。さ、上がられい、上がられい』

渡殿の廊から、こう聞き覚えのある時信の声である。客として、わが家では、何度も迎えたことのある人。清盛は、いんぎんに、礼をした。

通された室は、調度とて、ろくにないが、清潔ではある。

すすめられた円座にすわって、清盛は、父からの書面をわたした。――が、時信は、

『ア、そう……。ご苦労だったの。……和殿は、初めてだったかな? この家には』

などと対話につとめて、手紙のうちの用向きなどは、さきに分かっているような顔つきだった。

いろんな世間ばなしを向けられる。清盛は勧学院の了試(試験)へ出たときのようにかしこまった。時信が、学者はだなせいかもしれない。いや、もう少しその心理は複雑だった。幼い下の姫は、ともあれ、姉のほうは、かれにとって、問題である。親の時信の、不精ひげだの、いやに高い鼻だのを、あまり好まないものにながめながら、胸のうちでは、もう人知れず、空想の奏楽がしきりだった。

なぜか、単なる文使いにすぎない自分に、やがて酒が出され、膳が出たのを見て、清盛は、いよいよこれは、ただごとならずと、予感をもった。