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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

清盛は、わが家と気づくと、ぞっとした。

『困ったぞ。なんといおう? ……なんと』

それもだが。

今夜にかぎって、父のこわさ以上、母を見るのが、いやだった。たまらなく、腹が立っている。あの声をきくのも、いやだ。

ほんとなら、こういう時こそ、ともに父の前へ、謝ってもらいもしたい母親に、こんな反逆をいだく子が、どこにあろうか。築土の崩れを見あげながら、かれは、孤独の感にとらわれていた。

多感は、かれの天性に近い。こめかみの辺を、異常に、けいれんさせながら、その大頭の中では、何か単純でない多血なあわつぶを、奔流みたいに、明滅させているかれであった。

『いっそ、母の素姓など、知らずにいた方がよかったかもしれぬ。……盛遠に会って、あんなことを、聞かされなければ』

それも、悔いられたが、その盛遠と、女たちを交えて、大酔いした遊びの座も、きれぎれ、思い出されてくる。いや、もっと忘れかねたのは、遊女宿の一間に、置きのこして来た寝ぎたない黒髪と、容易にどうにでもなる四肢をもった肉塊だった。それが美人か、醜女かなどは、問題ではない。二十歳にして初めて知ったふしぎな忘我と、生命の恍惚に、かれ自体が、ただおどろいた事実なのだ。